東京には空が無い…高村光太郎『智恵子抄』より「あどけない話」

私は高村光太郎の詩集『智恵子抄』をこよなく愛していますが、もしも「あどけない話」が収められていなかったら、これほど好きにはならなかったかと思います。

「東京に空が無い…」という有名な詩句からはじまる「あどけない話」は、それだけ大切な詩です。

さっそく全文を引用いたしますね。

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高村光太郎「あどけない話」

あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山あたたらやまの山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

昭和三・五

詩の鑑賞と解説

「あどけない話」は素のままの詩

「あどけない話」が、『智恵子抄』のなかでも格別なのは、それが素のままの詩だからです。

『智恵子抄』は、高村光太郎が妻である智恵子さんとの出会いから死後までを描いた詩集で、どの詩も極めて純粋です。ただ、あまりにも純粋すぎて、正直言うと息苦しく感じてしまうことがあるんですね。

(もちろん、純度が高いことが『智恵子抄』の最大の魅力だと思うのですが)

そんななか、ふっと「あどけない話」に触れると、ほっと息継ぎすることができます。まるで嵐が勢いをゆるめた隙に、青空を垣間見たようです。

なぜ「あどけない話」がほっとできるのか。この詩が生まれた経緯について、もう少し詳しくお話します。

光太郎と智恵子の出会い

高村光太郎は、有名な彫刻科である父・光雲との間に、葛藤を生じていました。海外留学から帰国してからは、日本の旧い体質に嫌気がさしていました。とても孤独で荒んでいた時期もあったのです。

ところが、智恵子さんとめぐり会うことで、光太郎は絶望から救われました。

智恵子さんと結ばれるまでの経緯は、こちらの記事で詳しく書いています。

高村光太郎「人類の泉」…『智恵子抄』より
高村光太郎は、最愛の人である智恵子さんに関する詩を、約40年間にわたって書き続けました。その結晶が詩集『智恵子抄』です。...

智恵子の三つの苦悩

1914(大正3)年から、駒込林町(現・東京都文京区千駄木)で、光太郎と智恵子さんは一緒に生活しはじめます。いわゆる事実婚です。

魂の半身と思えるような相手と、人生をともにすることは、この上もなく幸福だったに違いないです。とはいえ、決して楽な道のりではありませんでした。

このときの生活について、光太郎は『智恵子抄』において、次のようにふり返っています。

智恵子が結婚してから死ぬまでの二十四年間の生活は愛と生活苦と芸術への精進と矛盾と、そうして闘病との間断なき一連続に過ぎなかった。

引用元:智恵子の半生

この文章から、智恵子さんの苦しみを三つ垣間見ることができます。

一つ目は、芸術活動に満足できなかったこと。智恵子さんは画家志望で、油絵の道を究めることを目指していました。ところが色彩について悩みがつきず、なかなか理想通りに描くことができませんでした。

二つ目は、夫である光太郎との生活に矛盾を生じていたこと。彫刻家であり文筆家でもある夫と暮らしていると、どうしても智恵子さんに家事や雑事の負担がかかります。夫の仕事を支えたいし、自分も芸術に打ち込みたいけれど、後者ばかりどんどん減っていきました。

三つ目は、東京が肌に合わななかったこと。智恵子さんは福島県二本松の、空気が澄み切った土地で生まれ育ちました。そんな智恵子さんにとって、東京の空気はどれほど澱んで感じられたでしょう。(実際に病弱なところがあり、後年に精神を患うことになります)

郷里の空を求める心

以上、智恵子さんは三つの苦悩を抱えていました。

  • 創作活動に満足できなかったこと
  • 光太郎との生活に矛盾を生じていたこと
  • 東京が肌に合わななかったこと

智恵子さんにとって、郷里・阿多多羅山の青空は、苦悩を癒す居場所でした。智恵子さんはこの青空を、切望して止みませんでした。

そこには美しい色彩が満ちあふれ、自由でのびのびした時間があり、身体になじむ空気が広がっています。

自分をとことん追いつめてしまうような完璧主義の智恵子さんにとって、郷里は最後に残された砦のような場所だったのかもしれません。

光太郎でさえも理解しきれなかったほど、郷里を求める心は痛切でした。

私と同棲してからも一年に三四箇月は郷里の家に帰っていた。田舎の空気を吸って来なければ身体が保たないのであった。彼女はよく東京には空が無いといって歎いた。

(中略)

私自身は東京に生れて東京に育っているため彼女の痛切な訴を身を以て感ずる事が出来ず、彼女もいつかは此の都会の自然に馴染む事だろうと思っていたが、彼女の斯かる新鮮な透明な自然への要求は遂に身を終るまで変らなかった。

引用元:智恵子の半生

「東京には空が無い…」等身大の言葉のカタルシス

「あどけない話」に話を戻しますね。

『智恵子抄』は光太郎が智恵子さんを理想化して、賛嘆している詩が目立ちますが、「あどけない話」にはそれがありません。

素のままの、等身大の智恵子さんが描かれています。

そのことに私は、ほっと息をすることができます。

そして、「東京に空が無い…」という智恵子さんの言葉は、光太郎を驚かせるだけではく、私たちの目まで覚まさせるような奥深さがあります。

智恵子さんの苦悩を思いやると、切なさがこみ上げます。それでも、その苦悩を底に沈めて上澄みとなったのが、「あどけない話」だと思います。

この澄んだ言葉に触れると、カタルシスを感じます。

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