吉野弘の詩「祝婚歌」…二人が睦まじくいるためには

吉野弘さんの「祝婚歌」は、作者名や題名が分からなくても、内容に覚えがある方が多いのではないでしょうか。

もし初めて見聞きするとしても、どこか懐かしい雰囲気のある詩です。

以下、全文を引用いたしますね。

祝婚歌

二人が睦まじくいるためには
愚かであるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

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鑑賞・解説

結婚式でおなじみの詩

「祝婚歌」は、吉野弘さんが姪夫婦の結婚式に出席できないとき、新郎新婦に贈った詩です。

後に詩集『風が吹くと』に収録されました。若い人たちに読んでもらえそうな一冊としてまとめた詩集だと、吉野さんはあとがきに記しています。

たしかに、親しい人や若い人に語りかけるような優しさが、この詩には滲み出ていますね。

「祝婚歌」はその温かく柔らかな口調から、広く知れ渡り、結婚式の席でよく朗読されるようになりました。

実際、私も何度も耳にしたことがあります。私は学生の頃、結婚式場でアルバイトをしていたことがあるのですが、新郎新婦の親戚や上司の方が、祝辞でよくこの詩を引用されていました。「いい詩だな……」と、働く手を止めないまま、耳をそばだてていたのを覚えています。

当時は恥ずかしながら、吉野弘さんのお名前を知りませんでした。後年になって、吉野弘さんの詩集でこの詩を見つけたときに、はっと驚きました。

「あ!これ、吉野弘さんの詩だったんだ……」と。

赤面しつつも、懐かしい友達に再会したように嬉しかったです。

著作権

前述の通り、「祝婚歌」は結婚式の祝辞や、新郎新婦へのメッセージなどで、よく引用されています。著作権はどうなっているのでしょうか?

そのことについて、興味深いエピソードがあります。

早坂 吉野さんは「祝婚歌」を「民謡みたいなものだ」とおっしゃっているように聞いたんですけど、それはどういう意味ですか。

吉野 民謡というのは、作詞者とか、作曲者がわからなくとも、歌が面白ければ歌ってくれるわけです。だから、私の作者の名前がなくとも、作品を喜んでくれるという意味で、私は知らない間に民謡を一つ書いちゃったなと、そういう感覚なんです。

早坂 いいお話ですね。「祝婚歌」は結婚式場とか、いろんなところからパンフレットに使いたいとか、随分、言って来るでしょう。 ただ、版権や著作権がどうなっているのか、そういうときは何とお答えになるんですか。

吉野 そのときに民謡の説を持ち出すわけです。 民謡というのは、著作権料がいりませんよ。 作者が不明ですからね。こうやって聞いてくださる方は、非常に良心的に聞いてくださるわけですね。だから,そういう著作権料というのは心配はまったく要りませんから....

早坂 どうぞ自由にお使いください。

吉野 そういうふうに答えることにしています。

引用元:早坂茂三「人生の達人たちに学ぶ~渡る世間の裏話」

民謡という言葉には、頷きます。

「祝婚歌」のように生活に溶け込んでいる詩は、そうそうないかと思います。

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