立原道造「夢見たものは‥‥」

立原道造は、ソネット(14行詩)の名手です。

青春の憧れと哀しみを、みずみずしい情感で歌ったソネットは、今も多く人を虜にしています。

今回はそのなかでも、ひときわシンプルで美しい詩、「夢見たものは・・・」を紹介します。

立原道造「夢見たものは・・・」

夢見たものは‥‥

夢見たものは ひとつの幸福
ねがったものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しずかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざつて 唄をうたっている
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊をおどっている

告げて うたっているのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたっている

夢みたものは ひとつの愛
ねがったものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

詩の鑑賞と解説

夢みてねがった愛と幸福が、すべてここにあると、静かな充実感をもって歌われていますね。

私はこの詩ほど、青い空が歓びに満ちて描かれている詩を見たことがありません。

実は立原道造は、24歳の若さで夭折しているのはご存知でしょうか。

「夢見たものは・・・」が収録されている詩集『優しき歌』は、道造が亡くなる前年に構想されました。道造はその時、肺尖カタルのため療養中でした。

どれほど詩集が形になることを、夢見たことでしょう。しかし日の目を見ることなく、道造は結核で亡くなります。

そのことを思うと、ソネットの言葉がいっそう深く、心に響いてきますね。

もうひとつの夢「ヒアシンスハウス」

「夢見たものは・・・」を目にすると、私はなぜか思い出すことがあります。

立原道造が構想した小さな別荘、「ヒアシンスハウス」です。

道造は詩人であり、建築家でもありました。

当時は浦和市(現在のさいたま市)の別所沼周辺に、多くの画家が住み、芸術家村を形成していました。道造と親交があった友人たちも、ここで暮らしていました。

道造が週末の間、ここに身を置くことを望んでも、何ら不思議はありません。

この別荘について、五十通りもの試案を重ね、庭に掲げる旗のデザインを画家に依頼し、住所を印刷した名刺まで作っていました。

ヒアシンスハウスは、道造にとって夢のひとつでした。

ヒアシンスハウスは没後に実現

残念ながら、道造の生前にこの夢は実現されませんでしたが、死後65年後の2004年に、この夢は継承されることになりました。

さいたま市が政令指定都市になったことをきっかけに、市民や行政や企業の有志が、道造の構想を元に、ヒアシンスハウスを建築したのです。

道造のソネットが多くの人に愛されていなかったら、とうてい実現が叶わなかったでしょう。

ヒアシンスハウスに足を運んでみて

私もそのヒアシンスハウスに、一度足を運んだことがあります。

「なんて慎ましいんだろう」

一目見たとき、心の底からそう思いました。

五坪(約十畳)ほどの住宅ですから、端から端まで歩いても、ものの一分もかからないです。絵本の片隅に描かれているような、それはそれは小さな家でした。

道造が夢みた生活は、決して大げさなものでなく、質素でささやかなものだったのに違いありません。

「夢見たものは・・・」を解釈する鍵

立原道造の夢のひとつ、「ヒアシンスハウス」についてお話しました。

「夢見たものは・・・」のソネットと、直接関わりのある話ではありません。

道造は夏になると軽井沢で過ごしていたことから、このソネットも信濃の辺りが背景であることが想像できます。

それでも、「夢見たものは・・・」で描かれている素朴な夢は、「ヒアシンスハウス」の慎ましさに通ずるのではないかと思います。

肺を病み、死を予感するなかで、彼はどのような思いで夢を歌ったのでしょう。

それを解釈する鍵が、詩中の至る所にちりばめられています。

まるい輪

「夢見たものは・・・」は、「まるい輪」がとても象徴的に描かれています。

まず一週間はめぐりめぐって、日曜日という休日になりますね。

日傘も閉じているときは細いステッキですが、開けば丸い形になります。

そして田舎の娘らは、輪をかいて踊りをおどっています。

何よりこのソネットも、第一連の「夢見たものは」「ねがったものは」というフレーズが、第四連で形を変えて表れています。それはまるで、このソネットも大きな輪をえがいているかのようです。

なぜここまで、まるい輪にこだわるのか。

それは輪というものが、自然や人との和であり、循環にも繋がるからでしょう。

輪は循環し続けるかぎり、終わることはありません。

青い空と青い鳥

「夢見たものは・・・」では、二か所に「青」という色が描かれています。

「青い空」と「青い鳥」です。

青い空は明るく、高らかであることが想像できますが、青い鳥は低い枝でうたっていると書かれています。

低い枝ということから、翳りも感じられますが、よりいっそう地面にいる私たちの側に青い鳥がいるという風にも受け取れます。

愛や幸福は、果てしない空にも、手に届きそうなところにも存在していると、暗示しているのかもしれませんね。

【まとめ】夢は終わらない

立原道造の美しいソネット「夢見たものは・・・」について、ヒアシンスハウスのエピソードも交えて紹介しました。

いかがでしたでしょうか。

道造が夢みた愛や幸福は、慎ましいものだったと私は思います。

そしてそれは、空の向こうにも近くにもあり、まるい輪をえがいて終わらないものだと信じていたでしょう。

そう解釈したとき、このソネットは死という悲哀から解き放たれて、とても生き生きと響いてきます。

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