宮沢賢治「雨ニモマケズ」

宮沢賢治の最も有名な詩は、「雨ニモマケズ」だと誰もが納得するでしょう。

今も多くの人を励まし、勇気づけ、心に寄り添ってくれる詩です。

さっそく以下に全文を紹介しますね。

宮沢賢治「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ※(「「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

※「ヒドリノトキハナミダヲナガシ」は、原文が「ヒドリ」なのでそのままにしました。
「ヒデリ」と校訂すべきだという説もあります。

詩の鑑賞と解説

宮沢賢治の死後に発見

「雨ニモマケズ」は、宮沢賢治の生前に発表された詩ではなく、亡くなられた後に発見された詩だということは、ご存知でしょうか。

賢治の遺品である黒い手帳に、この詩は鉛筆でメモ書きされていました。手帳は1931(昭和6)年の秋に使用していたものです。詩の冒頭部のページ上部に、「11.3.」と書き込みがあることから、11月3日に執筆されたと推定されます。

雨ニモマケズ

パブリックドメイン(引用元:ウィキペディア)

賢治はこの時、病に伏していました。すでに遺書を残し、死を覚悟していました。

生前はほぼ無名の存在でしたから、まさかこの詩が死後において、こんなに有名になるとは想像もしていなかったでしょう。

純粋に自分のためだけに、祈るように書きつけたものだと思います。

日本の財産…今も生き続ける詩

それでも私は、「雨ニモマケズ」が発見されたことが、日本の文学界において、いや、国全体にとって大きな財産だと実感しています。

2011年に東日本大震災が起きた後、岩手を郷里とする賢治のこの詩が、東北の被災地にいる人たちを励ましたと聞いています。多くの方がこの言葉の力を求めて、インターネットで検索し、ユーチューブで動画を再生し、各地で朗読したそうです。

詩というのは本来、机上で勉強するものではなくて、生活に根ざしているものだと思うんですね。嬉しいとき、苦しいとき、心にそっと寄り添ってくれるような言葉です。

まるで生き物のようですね。

「雨ニモマケズ」は、まさにそういった、命の通った詩です。

朗読しやすく暗唱向け

ところで「雨ニモマケズ」は、とても朗読しやすいですよね。

私は以前、朗読教室の入門講座を受講したことがあるのですが、その時にテキストで使用したのがこの詩でした。先生や他の受講生の皆さんの前で朗読してみて、心地よかったのを覚えています。

それから、小学校の国語の授業でも、暗唱させられたことがあります。私と同じように、暗記を試みたことがある人は、多いのではないでしょうか。

朗読しやすい理由として、息継ぎしやすいことが挙げられます。

例えば冒頭や末尾の詩句は、7音が基本となっています。他の詩句も、7音程度で句切れるところが多いですね。

短歌や俳句もそうですが、7音は日本人にとって心地良いリズムです。

冒頭

アメニモマケズ(7音)/カゼニモマケズ(7音)/ユキニモナツノ(7音)/アツサニモマケヌ(8音)…

 

※本来は「ユキニモ/ナツノ」と文節が切れます。

末尾

…ホメラレモセズ(7音)/クニモサレズ(6音)/サウイフモノニ(7音)/ワタシハナリタイ(8音)

頭で考えられた詩というよりも、体の感覚に基づいた詩ですね。

呼吸に合わせて書かれているので、心になじみやすいです。

カタカナとひらがなの比較

「雨ニモマケズ」は、カタカナで書かれているのも特徴的です。

明治時代から1947(昭和22)年まで、子どもたちが学校で最初に習う文字は、ひらがなでなくカタカナでした。

教科書や公文書でもカタカナが使われていたため、1931(昭和6)年当時の賢治がカタカナでこの詩を記したのも自然なことでしょう。

カタカナで表記されたことで、かえって現代の私たちの目に新鮮に映りますよね。カタカナだと読むスピードも遅くなるため、まるで玄米を噛みしめるみたいに、言葉を味わうことができます。

ためしに、「雨ニモマケズ」をひらがなに変換してみましょう。

雨にもまけず

雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
欲はなく
決して怒らず
いつもしずかにわらっている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜をたべ
あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに
よくみききしわかり
そしてわすれず
野原の松の林の蔭の
小さな萓ぶきの小屋にいて
東に病気のこどもあれば
行って看病してやり
西につかれた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北にけんかやそしょうがあれば
つまらないからやめろといい
ひでりのときはなみだをながし
さむさのなつはオロオロあるき
みんなにデクノボーとよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういうものに
わたしはなりたい

いかがでしょうか。

ひらがなもいいけれど、やっぱりカタカナの方がいいと思うのは、私だけでしょうか。

まとめ

宮沢賢治「雨ニモマケズ」について触れてみました。

賢治の死後に発見されたこの詩は、現在も多くの人の心に生き続けています。

日本では今、東日本大震災に限らず自然災害が多いです。天災に振り回されて、生きる方向性を見失うこともあるでしょう。

そんなときに、「雨ニモマケズ」は道しるべとなってくれます。

大自然を前にしたら、人間はとても小さな存在です。涙を流すことも、オロオロすることもあるでしょう。そんな自分の弱さも、この詩に触れると、不思議と肯定されているような思いになれます。

くり返しますが、私は「雨ニモマケズ」が発見されたことが、日本の文学界において、いや、国全体にとって大きな財産だと実感しています。

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