「宮沢賢治の詩は難しい」と感じている方もいるかもしれませんね。
確かにわかりにくい詩もありますが、なかには何の知識がなくても、すっと心に溶け込んでいくような詩もいっぱいあります。
これから紹介しようとしている「林と思想」も、まさにそんな詩のひとつです。
林と思想
そら ね ごらん
むかふに霧にぬれてゐる
蕈のかたちのちひさな林があるだらう
あすこのとこへ
わたしのかんがへが
ずゐぶんはやく流れて行つて
みんな
溶け込んでゐるのだよ
こゝいらはふきの花でいつぱいだ(一九二二、六、四)
『春と修羅』所収
宮沢賢治「林と思想」~鑑賞・解説~
身体を超えて心に満ちる詩
宮沢賢治は学生時代から山歩きを好んだと言います。
この詩でもおそらく、林に向かって歩いているときに、「かんがへ」が先回りしてしまったのですね。
私はこの詩をはじめて見たとき、賢治の「かんがへ」が早く流れて林に溶け込んだように、私の心にもその「かんがへ」が飽和するのを感じました。
詩というものは、不思議なものですね。
言葉にこめられた思想は、作者の身体や時間を超えて、未来の私たちの心にも満ちるのですね。
自然との一体間
この詩から感じられるのは、自然との一体感です。
賢治と林が、さらには自然が一体となって、どこまでも広がっていくようなイメージです。
「そら ね ごらん」という出だしは、賢治にとって自然が友達で、親しみをもって話しかけているように聞こえます。(私たちの心にも直に話しかけているようです)
「かんがへ」が「流れて行つて」「溶け込んで」いることから、思想もまるで水や風のように感じられます。
賢治は自分が書いた詩を、「心象スケッチ」と呼びました。
この詩もまさに、心と自然が生き生きと描かれた、「心象スケッチ」ですね。
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