中原中也の詩で、「六月の雨」が好きだという人は多いのではないでしょうか。私もまさにそうです。
梅雨になると特に、味わいたくなる詩です。
六月の雨
またひとしきり 午前の雨が
菖蒲のいろの みどりいろ
眼うるめる 面長き女
たちあらわれて 消えてゆくたちあらわれて 消えゆけば
うれいに沈み しとしとと
畠の上に 落ちているる
はてしもしれず 落ちているお太鼓叩いて 笛吹いて
あどけない子が 日曜日
畳の上で 遊びますお太鼓叩いて 笛吹いて
遊んでいれば 雨が降る
櫺子の外に 雨が降る
中原中也「六月の雨」~鑑賞・解説~
「六月の雨」は、4・4・3・3の行構成からなるソネット(14行詩)です。
七五調のリズムで歌われています。
前半8行は、憂いに沈む情景が描かれ、幻の女性が現れては消えていきます。
ところが後半6行で転調して、にぎやかな童謡が奏でられて、子どもがあどけなく遊びます。
前半から後半にかけての、幻から現実への急転換が、まるで中也の心の振れ幅の大きさを現わしているかのよう。読むこちらの心まで、ハッと揺さぶられそうです。
恋人・長谷川泰子について
前半に現れる面長き女は、かつての恋人である長谷川泰子のことでしょう。
長谷川泰子は女優で、グレタ・ガルボに似た女性として注目を浴びたこともあります。
1923年、当時16歳だった中也は、3歳年上の泰子に出会い、翌年から同棲を始めます。ところが1925年に、泰子は中也の友人である小林秀雄の元へ去っていきます。
泰子は中也の詩に、深く影響を及ぼすことになります。
長男・文也について
後半で遊ぶ子どもは、長男の文也のことでしょう。
文也は当時1歳半で、可愛い盛りだったに違いありません。
1933年、中也は素直に見合い結婚をして、その後生まれた文也をいとおしく思っていましたが、ふとした隙に恋人との悲しい思い出がよみがえったのでしょうね。
で、恋人の面影を宙に浮かべていたら、足元では子どもが遊んでいた……という風に、幻から現実、過去から現在へと、心が大きく揺さぶられていったのでしょう。
二つの世界を、果てしない雨が繋いでいるかのようです。
なお、この大きな心の揺れは、「頑是ない歌」でも感じることができます。
選外でも佳作
「六月の雨」の初出は、1936年『文学界』6月号です。
第6回文学界賞の候補作品となりましたが、惜しくも選外次席となりました。
(ちなみにその時に受賞したのは、岡本かの子が晩年の芥川龍之介をモデルに書いた小説、『鶴は病みき』です)
選外であっても、素晴らしい詩であることには違いありません。
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