北原白秋「水ヒアシンス」

北原白秋は詩に限らず、童謡を数多く残しています。

瑞々しい子ども心を、いつまでも残していたのですね。白秋の詩にも、その心は至るところに満ちあふれています。

今回は、白秋が幼少期の記憶をもとに綴った、「水ヒアシンス」という詩をお届けします。

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北原白秋「水ヒアシンス」

水ヒアシンス

月しろか、いな、さにあらじ。
薄ら日か、いな、さにあらじ。
あはれ、そのほののにほひの
などもさはいまも身に沁む。

さなり、そは薄きのゆめ。
ほのかなる暮のみぎはを、
われはまた君がに寢て、
なにうたひ、なにかかたりし。

そも知らね、なべてをさなく
忘られし日にはあれども、
われは知る、二人ふたり溺れて
ふと見し、水ヒアシンスの花。

詩の鑑賞と解説

第二詩集「思ひ出」

「水ヒアシンス」は、北原白秋の第二詩集『思ひ出』に収められています。

異国情緒が漂う水郷・柳河で、白秋は商家のお坊ちゃんとして、何不自由なく育ちました。

その幼少期の思い出を、印象派風の感覚ゆたかな詩で表現したのが、この詩集です。

色、音、光、感触、温度、等々……。なぜこんなにも、子どもの時のことを鮮やかに覚えているのだろう?と思えるくらい、これらの詩には感覚的な描写がほとばしっています。

「水ヒアシンス」も、まさにそんな詩のひとつですね。

ウォーターヒヤシンスの思い出

水ヒアシンスは、ウォーターヒヤシンス、つまりホテイアオイのことです。

月しろは、月が昇ろうとする頃、東の空が白んで明るく見えること。

薄ら日は、文字通り弱い日差しのことです。

月しろか、いな、さにあらじ。
薄ら日か、いな、さにあらじ。

出だしから読む人の心をすっと惹きつけるような、響きがありますね。

同じ白秋の詩「ほのかにひとつ」にも、月しろと薄ら日が出てきます。もしよかったら、こちらの記事も参考にしてくださいね。↓

「水ヒアシンス」の詩は、幼い白秋が従妹の背中に負われていたとき、水たまりのウォーターヒヤシンスに見とれて、なんと水たまりにドボンと溺れてしまった時のことが書かれているのでしょう。

上田敏にも大絶賛された、詩集『思ひ出』の序文「わが生ひたち」に、以下のような描写があります。

かういふ最初の記憶はウオタアヒアシンスの花の仄かに咲いた瀦水たまりみづそばをぶらつきながら、從姉いとことそのせなに負はれてゐた私と、つい見惚みとれて一緒にはまつた――

水辺にウォーターヒヤシンスが咲いていたなんて、いかにも水郷・柳河らしいですね。溺れてしまったことが、衝撃的だったのかもしれませんが、よくこんなにも鮮烈に覚えています。

【参考】ヒヤシンスの短歌

余談ですが、白秋はヒヤシンスにまつわる短歌もいくつか詠んでいます。

私の好きな歌を、ひとつ紹介しますね。

ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫ひそめし日

初めて心がふるえた時のこと、つまり、初めて恋に落ちてしまった時のことが、描かれているのでしょう。

ヒヤシンスと初恋が重なり合う、とても素敵な叙情歌です。

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