北原白秋の詩は、古風な言葉のように見えて、いまでも新鮮な血が通っています。思わず口ずさみたくなるような、親しみやすさがあります。
今回は北原白秋の、「ほのかにひとつ」という詩を紹介します。
ほのかにひとつ
罌粟ひらく、ほのかにひとつ、
また、ひとつ……やはらかき麦生のなかに、
軟風のゆらゆるそのに。薄き日の暮るとしもなく、
月しろの顫ふゆめぢを、縺れ入るピアノの吐息
ゆふぐれになぞも泣かるる。さあれ、またほのに生れゆく
色あかきなやみのほめき。やはらかき麦生の靄に、
軟風のゆらゆる胸に、罌粟ひらく、ほのかにひとつ、
また、ひとつ……
北原白秋「ほのかにひとつ」~鑑賞・解説~
多感な思春期の切ない恋歌
「ほのかにひとつ」は、メロディーを口ずさんでいるような詩ですね。
「ほのかにひとつ」が収められている北原白秋の第一詩集『邪宗門』には、大人の官能的な詩が目立ちますが、この詩は多感な思春期の恋歌のようです。
罌粟は初夏に、一本の茎の頂に、大輪の花を一輪だけ咲かせます。
罌粟ひらく、ほのかにひとつ、
また、ひとつ……
このフレーズは、まさに罌粟にふさわしいですね。
注釈も少し加えます。
麦生:麦の生えているところ
暮るとしもなく:暮れるでも暮れないでもなく
月しろ:月が出ようとするとき、東の空が明るく見えること
顫ふ:ふるえる
ほめき:火照り
いかがですか?
暮れなずむ空のもと、やわらかな麦畑に咲く赤い罌粟の花に、胸の奥の火照るような悩みを重ね合わせているさまが、瞼に浮かんできませんか?
耳を澄ませば、ピアノの吐息が縺れ入るのが、聴こえてきそうです。
切なさや、微かな震えまで、ほのかに伝わってきます。
同じ白秋の詩「水ヒアシンス」にも、月しろと薄ら日が出てきます。もしよかったら、こちらの記事も参考にしてくださいね。↓
収録詩集について
「ほのかにひとつ」は、先ほども触れたとおり、第一詩集『邪宗門』の作品です。
この詩集を世に出したとき、白秋は若干24歳。
色艶やかで、官能的で、異国情緒あふれる作風は、どれだけ多くの人の目を眩ませ、心酔させたことでしょう。
何より特徴的なのは、音楽を奏でている詩が多いこと。
内部生活の幽かなる振動のリズムを感じその儘の調律に奏でいでんとする音楽的象徴を専とする
引用元:詩集『邪宗門』例言
白秋も自作の傾向として、心の内の微かなリズムを感じて、そのまま調律して奏でようとしていると語っています。
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