中原中也「月夜の浜辺」

ささやかであっても、どうしても捨てられない物に、出合ったことはありますか?

なぜ、どのようにそれが宝物なのか、上手くは説明できないけれど、それを見つめるだけで心があふれるような……

詩人・中原中也は、そんな言葉にならないような感情さえも、素手ですくい上げて、ありのまま露わにしようとしました。この世でそれを貫くことは、きわめて稀有なことです。

これから中原中也の、「月夜の浜辺」という詩を紹介しますね。

中原中也「月夜の浜辺」

月夜の浜辺

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、たもとに入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
  月に向つてそれははふれず
  浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先にみ、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

詩の鑑賞と解説

解釈のポイント

「月夜の浜辺」。まずは題からして詩的ですね。

「月夜」という天と、「浜辺」という地から見れば、中原中也という人はささやなかな存在です。

そんな中也が、月夜と浜辺のはざまで流離っていたときに、同じくささやかな「ボタン」が波打ち際に転がっているのを見つけます。

ボタンはかつて、洋服などの布地をつなぎ合わせるのに、役に立っていたかもしれません。ところが、布地そのものからこぼれ落ちてしまったのですね。

もう何もつなぎ合わせることがない、そもそも何物にも繋がっていない、ひとつきりのボタンです。

中也はそのボタンを手にしたとき、何を感じ取ったのでしょう。

他人から見れば、そのボタンはもう役に立たないボタンかもしれません。ところが中也から見れば、役に立つか立たないかということ以上に、存在そのものに惹かれる何かがあったに違いありません。

ボタンを月に放つことも、浪に放つこともせず、中也はそっと袂に入れます。

ささやかで、寂しくて、孤独なもの同志の、心の交流をここに感じることができます。

でも本当は、ありきたりの単語では、この感情を解き明かすことは出来ないのでしょうね。

言葉には決してできないような、夜空よりも海よりも深い思いが、この詩の裏に息づいていそうです。

亡き我が子・文也に捧げる詩?

さて、ここで、「月夜の浜辺」が発表されたころの中也について触れますね。

1936年(昭和11年)11月、中也の息子である文也が2歳で急逝します。中也はそのことで神経衰弱を昂じてしまいます。

1937年(昭和12年)、婦人雑誌『新女苑』2月号に「月夜の浜辺」は掲載されますが、当時はどのような思いでこの詩を見ていたことでしょう。

同年2月に、中也は文也を思い出させる東京を離れ、鎌倉に転居します。いちじるしく体調を崩すなかにも、文也に捧げる詩集を編集しますが、その詩集が出版されるのを待つことなく、10月22日に中也は他界します。

1938年4月に、その詩集『在りし日の歌』は刊行されました。「月夜の浜辺」もそのなかに収められています。

この詩自体は、いつ書かれたのか不明です。

それでも、文也への追悼詩として、中也は特別にこの詩を詩集に拾い上げたと考えられます。

月夜の晩に拾ったボタンは、我が子を思い出させる何かがあったのかもしれません。

同じくボタンが描かれている追悼詩も

実は「月夜の浜辺」と同様に、ボタンが登場する詩があります。

「夏の夜の博覧会は、かなしからずや」という、中也が文也を亡くしたばかりの頃に書かれた作品です。

1936年7月、文也がまだ在りし日に、上野の博覧会に家族三人で出かけたときの模様が描かれています。夕空のなか廻旋する飛行機に乗ったとき、四方を囲む燈光が貝ボタンの色をしていました。

夕空は、紺青の色なりき
燈光は、貝釦の色なりき

その時よ、坊や見てありぬ
その時よ、めぐる釦を
その時よ、坊やみてありぬ
その時よ、紺青の空!

(部分)

中也は文也と目にした、めくるめくような夕空の群青と、貝ボタンの色を思い出して、「月夜の浜辺」を書いたのかもしれないです。

たとえ詠み人知らずでも心に沁みる

「月夜の浜辺」が書かれた頃の中也に触れて、この詩が亡き我が子・文也に捧げられた詩集である『在りし日の歌』に、拾い上げられていることを書きました。

中也の悲しみを知っていた方が、この詩は深みを増すと思いますが、あくまで見方のひとつです。

それよりも、一人ひとりがこの詩をどのように感じるかの方が大切です。

私自身は、中也の悲しみを背景に感じつつも、そこに囚われないような読み方をしたいです。

もし仮に、文也の死はおろか、中原中也という作者についても全く知らなかったとしても、この詩は心に残って捨てられない詩だと思うんですね。

たとえ詠み人知らずでも、心に沁みる、強度のある詩です。

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