「シャボン玉」…ジャン・コクトーの詩を、堀口大学の名訳で。

「シャボン玉」(作:ジャン・コクトー、訳:堀口大学)は、わずか3行の短い詩です。

この詩を引用すると共に、その意味やイメージについて詳しく触れてみますね。

「シャボン玉」(作者:ジャン・コクトー/翻訳者:堀口大学)

シャボン玉

シャボン玉の中へは
庭は這入はいれません
まはりをくるくる廻つてゐます

La Bulle de Savon

Dans la bulle de savon
le jardin n’entre pas.
Il glisse
autour.

詩の鑑賞と解説

発想の逆転

私は最初この詩を見た時、「ん?」と思わず二度見してしまいました。

シャボン玉が庭のなかに這入って、くるくる廻るのは普通です。

ところがジャン・コクトーは、小さなシャボン玉のなかに大きな庭は入ることができず、シャボン玉のまわりを庭がくるくる廻っていると言うのです。

本当は庭を映しているシャボン玉の膜が、くるくる回ってるように見えるだけなのに。

この詩は発想を逆転してるところが素晴らしいですね。

こんな風に世界観をひっくり返している詩は、この詩が発表された大正時代においては珍しかったでしょう。現代でも新鮮に感じられます。

「シャボン玉」の詩は、堀口大学による訳詩集『月下の一群』で、今もなお見ることができます。

※「言葉が古くて意味がわかりづらい」という方も、なかにはいらっしゃるかもしれませんね。新仮名遣いで常用漢字にしたものも載せておきますね。

シャボン玉

シャボン玉の中へは
庭は入れません
まわりをくるくる回っています

短詩から広がる豊かな世界

同じくジャン・コクトーの詩で、堀口大学が訳したものでは、「耳」が有名です。

私の耳は貝のから
海のひびきをなつかしむ

上記の「耳」の詩と、作者のジャン・コクトー、翻訳者の堀口大学については、こちらの記事で詳しく書いています。

私の耳は貝の殻…ジャン・コクトーの詩を、堀口大学の名訳で。
これから海にちなんだ、とても美しい短詩をひとつ紹介します。 耳 私の耳は貝の殻から 海の響ひびきをなつかしむ ...

「耳」の詩はよく見てみると、鏡のなかの鏡のように、イメージが繋がっているのが感じられるでしょうか。

「シャボン玉」にしても、「耳」にしても、わずかな言葉でこんなに豊かな世界を描けるなんて驚きですよね。

「さすがジャン・コクトー!」と叫びたくなりますが、元詩も同じように短くはないです。

講談社文芸文庫「月下の一群」の窪田般彌の解説によると、原詩はもっと長いです。

  • 「シャボン玉」は、「備忘録」の七連あるうち第二連のみを訳したもの。
  • 「耳」は、連詩「カンヌ」の第5番のみを訳したもの。

つまり、ジャン・コクトーの原詩が素晴らしいのは勿論のこと、短詩に豊かな世界を広げたのは、堀口大学の手腕と言えます。

外国語の詩からエッセンスを掬い上げて、日本語の詩として新たな命を注ぎ込んでいるのが、堀口大学の訳の特徴です。

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