草野心平さんの蛙の詩を目にすると、かなしさが胸にこみ上げることがあります。
悲しさでも哀しさでもなく、むしろ愛しさ。古の昔は、かなしさを愛しさと書きました。
蛙は自然の大らかさから見れば、とても小さな存在かもしれません。それゆえひたむきに命を愛おしんでいます。その歌は切ないほど、純粋で透明です。
そんな蛙たちの恋愛の詩、逢瀬を歌った「月夜」という詩を紹介します。
草野心平さんの詩は、月が描かれている名作が多いので、文末で他の作品についても触れたいと思います。
草野心平「月夜」~鑑賞・解説~
月夜
空と沼と。
十日の月は二つ浮び。
そのセロフアンの水底の。
もやもやの藻も透えてみえる。
ふとそよ風がどこかで沸けば。
水のもの月はちりめんにゆれ。
おほばこ・すかんぽ。
しだれ花火のまんだらげ。
光りにぐしよ濡れの草をくぐり。
草を跳び。
ゲッゲゲたかく鳴きながら。
強いぐりまがやつてくる。
蒲の根元でさつきから。
いくぶんすねてたるりだはその時。
なみうつ胸の楽器をしづめ。
そしらぬ風に息をのんだ。
※「月夜」の詩は説明がなくても味わいやすいと思いますが、より深く理解するために注釈を加えますね。
十日の月:
月齢10日の月。
ちりめん:
表面に細かいしぼ(凹凸)がある織物のこと。
ここでは水面の月が波立っていることの例えとして使われています。
おほばこ:
オオバコ科の多年生植物。夏に白く小さな花を穂のようにつけます。
すかんぽ:
スイバ。タデ科の多年生植物。春先に赤い茎を伸ばします。
まんだらけ:
白いハスの花。
ぐりま・るりだ:
ともに蛙の名前。「ぐりま」も「るりだ」も、草野心平さんの他の詩にも登場しています。
言葉の美しさ
私が「月夜」の詩を読んで、まず感じたのは、その言葉の美しさです。
作りこまれた芸術品のような美しさというよりも、生きものが在るがままに自然と生命を愛しんでいる美しさです。そこには瑞々しさが満ちています。
おほばこ・すかんぽ。
しだれ花火のまんだらげ。
実は初見のとき、この詩句はオノマトペか蛙語かと思いましたが、後で草花の名前だと知って驚きました!(それぞれの名前の意味は、先ほど注釈した通りです)
これらの草花は蛙たちの逢瀬を、祝福しているのでしょうか。花にも雄しべと雌しべがあり、まさに恋愛を象徴しているとも言えます。
ところで余談ですが、草花の名前が並んでいるフレーズで思い出すのが、イギリスの伝統的バラッドである「スカボロー・フェア」です。サイモン&ガーファンクルの大ヒット曲としても知られています。
Parsley, sage, rosemary and thyme
(パセリ、セージ、ローズマリーにタイム)
「スカボロ・フェア」自体は苦い恋の歌であり、他にもさまざまな解釈が可能です。
それでも、このハーブの名を4つ並べたフレーズは、言葉の意味がよく分からなかったとしても、耳にするだけで心惹かれます。
- 「月夜」の草花の詩句
- 「スカボロー・フェア」のハーブのフレーズ
どちらもとても美しいです。
日本の昔の言葉も、英語や外国語も、草野心平さん独特の蛙語も、たとえ理解ができなくても、そこに愛しさが込められていたら、心に飛び込んで響くのではないでしょうか。
詩にはそういった、ハードルを越える力があると思います。
月の存在と意味
ところで「月夜」の詩では、月が蛙たちを見守る存在として描かれています。
太陽の光も眩しすぎれば、蛙を干からびさせてしまいますが、月の光なら、蛙を優しく照らしてくれますね。
空と水面に映る影と、二つの月が描かれているのも意味深です。
そして月の光は、二匹の蛙を艶っぽく見せています。
草野心平さんの蛙の詩には、月が描かれていることが多いです。以下に例をあげますね。
「白い蛙」
「満月の夜の会話」
機会があれば、ぜひ詩集などで読んでほしい名作です。
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