北原白秋「月光微韻」を全文紹介します。

北原白秋の詩「月光微韻げっこうびいん」を紹介します。

月が描かれた短詩の連なりで、見ているだけで不思議と癒されます。

できれば縦書きでお届けしたいところですが、インターネットに掲載する関係上、横書きならざるを得ないのが残念です。

もし機会があれば、ぜひ紙の本でゆっくり味わっていただきたい詩です。

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北原白秋「月光微韻」

   

月の夜の
羅漢柏あすはひのき
なんとなき
春のかすけさ。

   

月の夜の
煙草のけむり
匂のみ
紫なる。

   

星よりも
ほのかなものは
みどり児のほほゑみ、
ついたち二日ふつかの月。

   

露けきは月の夜にして、
竹の根の
竹煮草たけにぐさの葉。

   

月の夜に
影するものの真近さ、
花ちり方の椎の木。

   

人声の
近づきて、
明るか、
月夜の野茨のいばら

   

月の夜の
白い白い木槿に
影さすものは
笹の葉。

   

そよかぜにも
小竹ささのゆるるか、ゆるるか、
月の夜の雀よ。

   

月の夜に
雫するもの
れやらぬ椎の狭霧さぎり

   10

月照る野路のぢの明さにて、
など啼きやまぬ、
鶉よ。

   11

蝶の飛ぶ
水田明り、
その末は
月の夜の海。

   12

月の夜の
星のあはさ、
見え来る声の
をさなさ。

   13

ありありと
現はるる風、
夜のふけの孟宗の月。

   14

月の夜の千鳥
見えて啼けとの。

   15

月の夜の
見えの薄さ、
風の吹く道、
星のあひだせん

   16

月のあなたの漣、
夜ふけて、
わたる人あり。

   17

月の夜の
薄翅うすばかげろふ、
白芥子しらけし
空に舞へよ。

   18

月かげすらも
いたからむ、
明日あすひらくあかはちす
つぼみさきよ。

   19

頼むは明日あしたの星、
にほへよ月の椎の木。

   20

木の花の
ほのかなる、
梢のみ
月に光らせて。

21
   
月夜の榧
かやの実が青うつくかよ。

   22

    「月に開く窓」吊詩
風高し、あはれ、
影無うして、月に開ける窓。

詩の鑑賞と解説

詩集『水墨集』について

いかがでしょうか。

まるで薄墨でさらりと描かれた掛軸を、静かに鑑賞しているような想いになりますよね。

それもそのはず。「月光微韻」は、詩集『水墨集』(大正12年)所収の作品です。この詩集はその名のとおり、水墨画のように枯淡で趣深い詩が集められています。

白秋は初期の頃、色鮮やかで異国情緒あふれる詩を描いていました。詩集『邪宗門』(明治42年)や、『思い出』(明治44年)で、その作風に触れることができます。

それを知っている人から見ると、この変化は驚きですね!

西洋風のアバンギャルドな油絵を描いていた画家が、10数年後に東洋風の淡々とした墨絵を描くようになるほどの変化です。

ただ『水墨集』の頃の作風が、老いて枯れているのかと言えば全くそうでなくて、白秋は晩年まで幼心を抱き続けた詩人でした。

「月光微韻」でも、2番の「みどり児」や、8番の「雀」など、小さく可愛らしい命に目を向けているのが感じられます。

幽かな心ゆえの短唱

月光微韻の序文で、白秋は次のように述べています。

自然観照の深さとその幽けさとの奥にひそみて、かの消なば消ぬかの月の光を、いな、月のにほひを、そのすがたをさへもとらへむとする幽かなる人々にのみ、このほのかなる短唱のかずかずをおくる。形のあはれに短くほのかなるは心の幽かなるに由る。こは歌にも俳句にもあらず、詩より入りてさらに幽けくこごれるのみ。

「幽かな」とは、ようやく感じられるほどの、はっきりしないという意味です。

水墨画にも滲みや掠れがありますが、まさにそのような心持ちから、この詩は生まれてきたのですね。

確かに、短歌や俳句と比べると、この短唱は走り書きされた印象があります。

詩を書道に例えると、短歌や俳句のような定型詩が、楷書(または行書)だとしたら、この短唱は草書のようですね。

定型詩はカッチリした型に、溢れそうな思いをギュッと押し込めて、凝縮させるようなところがあります。ところがこの短唱は、型に囚われることなく、さらっと思いを流しているようです。

その未完成な、省略されたところに、幽かな詩情を感じます。

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