萩原朔太郎「悲しい月夜」…五感を刺激する詩

萩原朔太郎の第一詩集『月に吠える』は、口語自由詩を確立した詩集として知られています。

五七調や七五調のリズムに縛られることなく、話かけるような言葉で綴られた詩は、当時の人々の心にどれだけ新鮮に響いたことでしょう。

今回はこの詩集から、「悲しい月夜」という詩を紹介します。

萩原朔太郎「悲しい月夜」

悲しい月夜

ぬすつと犬めが、
くさつた波止場の月に吠えてゐる。
たましひが耳をすますと、
陰気くさい声をして、
黄いろい娘たちが合唱してゐる、
合唱してゐる、
波止場のくらい石垣で。

いつも、
なぜおれはこれなんだ、
犬よ、
青白いふしあはせの犬よ。

詩の鑑賞と解釈

「悲しい月夜」を読むと、この詩がいかに五感を刺激しているか伝わってきます。

音楽的表現

「ぬすつと犬めが」と、オノマトペ(擬声語)から始まっていることに意表を突かれますね。
「ぬすつと」という響きから、犬の物憂げな様子が伝わってきます。

「くさつた波止場」と詩句が続くのも効果的です。
「くさつた」という言葉は、臭覚に訴えかけてきます。

「ぬすつと」「くさつた」と、「つ」の音で頭韻しているのもいいですね。

「黄いろい娘たちが合唱してゐる」「合唱してゐる」と、追い打ちをかけるようにリフレイン(反復)しているのもいいです。

色彩感覚

この詩では「黄いろ」「青白い」色が、絶妙に組み合わされています。

この二色は補色ではありませんが、対照的な色です。お互いを鮮やかに見せる効果があります。

「娘たち」は、陰気くさい声とは裏腹に、黄いろく見えるのも、異様で不穏ですね。月に照らされているから、黄いろなのでしょうか。

ちなみに、黄と青の組み合わせは、オランダの画家であるフィンセント・ファン・ゴッホが多様していることで知られています。

ゴッホの絵画が日本にはじめて紹介されたのは、1910年。
「悲しい月夜」の初出は、その4年後の1914年。

萩原朔太郎はこの詩を書く前に、ゴッホの絵画を目にしたことがあるかもしれないと想像してしまいます。(あくまで憶測です)

どこか狂気を感じさせる組み合わせですね。

星月夜

『星月夜』1889年 フィンセント・ファン・ゴッホ
パブリックドメイン (引用元:ウィキペディア)

肉声が聞こえる口語自由詩

この詩でドキリとさせられるのが、第二連。

「なぜおれはこれなんだ」という詩句で、ハッとさせられ、「青白いふしあはせの犬よ」と呼びかけられることで、まるで自分まで声をかけられているような気がしませんか?

第一連を絵画鑑賞するように静かに眺めていたら、第二連で絵画の登場人物がいきなりこちらの世界に飛び出してきて、自分の目前まで迫ってきたようです。

「なぜおれはこれなんだ」の「これ」とは、一体何なのでしょう?

萩原朔太郎の詩は、音楽的にも色彩的にも優れていますが、技巧に終わらず、このような肉声が聞こえるところに凄みがあります。

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