秋は紅葉が美しい季節であり、芸術の季節でもあります。
そんな季節にぴったりな、谷川俊太郎さんの「シャガールと木の葉」を紹介します。
シャガールと木の葉
貯金はたいて買ったシャガールのリトの横に
道で拾ったクヌギの葉を並べてみた値段があるものと
値段をつけられぬものヒトの心と手が生み出したものと
自然が生み出したものシャガールは美しい
クヌギの葉も美しい立ち上がり紅茶をいれる
テーブルに落ちるやわらかな午後の日差しシャガールを見つめていると
あのひととの日々がよみがえるクヌギの葉を見つめると
この繊細さを創ったものを思う一枚の木の葉とシャガール
どちらもかけがえのない大切なもの流れていたラヴェルのピアノの音がたかまる
今日が永遠とひとつになる窓のむこうの青空にこころとからだが溶けていく
……この涙はどこからきたのだろう
谷川俊太郎「シャガールと木の葉」~鑑賞・解説~
シャガールと木の葉の対比
「シャガールと木の葉」は、一目見ただけで、「シャガールのリト」と「クヌギの葉」の対比に惹きつけられます。
一方は値段があり、ヒトの心と手が生み出したもの。もう一方は値段をつけられなくて、自然が生み出したもの。
どちらも美しく、かけがえのない大切なものだと肯定していることに、この詩の味わい深さがありますね。
ちなみに、マルク・シャガール(1887-1985)は、ロシア出身のフランスの画家で、幻想的な色使いと作風で知られています。
音楽も詩もヒトが生み出したもの
さて、谷川俊太郎さんは、音楽好きで知られています。
「シャガールと木の葉」のクライマックスでも、ラヴェルのピアノの音が生きていますね。
モーリス・ラヴェル (1875-1937)はフランスの作曲家で、「亡き王女のためのパヴァーヌ」や「ボレロ」の曲が有名です。
シャガールとラヴェルの共通点に、「ダフニスとクロエ」があります。シャガールはリトグラフの題材にし、ラヴェルもバレエ組曲を作曲しました。この詩に出てくるリトやピアノ曲も、もしかしたら「ダフニスとクロエ」なのではないかと想像しています。
音楽も詩も、ヒトの心と手が生み出したもの。
(ラヴェルの曲は、ラヴェルによって。この詩は、谷川俊太郎さんによって)
では、この詩の最後に出てくる、涙はどこからきたのでしょう。
その答えに想いをめぐらしたとき、ヒトが生み出したものも、自然が生み出したものも、混然一体のような気がしてならないです。
それは今日が永遠とひとつになるような、青空にこころとからだが溶けていくような感覚なのかもしれません。
プロフェッショナルな選択
ところで、この詩を見ていると、谷川俊太郎さんはさぞシャガールが好きなんだろうと思いませんか?
実際のところは、そうでもないようです。
かつて対談において、次のように語っています。
うん、ぼくはね、シャガールって別にそんなに好きじゃないんだけどね。みんなこれを読むと「谷川さんはシャガールがお好きなんですねー」って言うの。
引用元:ぼくはこうやって詩を書いてきた(著:谷川俊太郎、山田馨)
谷川自身さんはシャガールよりもパウル・クレーが好きなのですが、この詩のイメージを大切にして、あえてシャガールを選択したそうです。
自分の個人的な好みよりも、詩の世界や読者の目を優先しているのですね。そんなプロフェッショナルでクールな谷川さんが、私は好きです。
パウル・クレーの絵について谷川さんが書いた詩は、こちらで紹介しています。もしよかったらご覧くださいね。
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