中原中也の詩のなかには、ひとたび目にすると忘れられなくなるような詩があります。
これから紹介する詩「北の海」も、まさにそうでしょう。
北の海
海にいるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にいるのは、
あれは、浪ばかり。曇った北海の空の下、
浪はところどころ歯をむいて、
空を呪っているのです。
いつはてるとも知れない呪。海にいるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にいるのは、
あれは、浪ばかり。
中原中也「北の海」~鑑賞・解説~
否定形・打消しの力
中原中也にとって、人魚は何を意味していたのでしょうか。
夢や憧れや幸せの象徴だったのでしょうか。
ところがその人魚は海にいなく、波ばかりが歯をむいて空を呪っています。
「人魚ではないのです。」と口にすることで、あふれそうな思いを断ち切り、その言葉をくり返すことで、さらに思いを押しとどめるかのようです。
ここで強く感じるのは、マイナスの魔力です。
中原中也はここで、人魚の存在をあえて否定し、打ち消し、言い聞かせていますよね。存在しないものを、さらに引き算しようとしています。
そうすることで、何とも言えない絶望感や喪失感が、よりいっそう生じてきます。
忘れられなくなる詩
北の寒々しく暗鬱とした海で、波はところどころ牙をむいて、空をどこまでも呪っています。
まるで見てはいけないものを見てしまって、かえって脳裏から離れないような、そんな情景ですね。
「北の海」は、第一連と第三連がまったく同じ詩句で、第二連を挟んでいる、とてもシンプルな構成です。リフレインが効いていて、リズムも独特で、音楽的な口調の詩とも言えます。
シンプルに歌いかけているゆえに、記憶に留まりやすいということもあるでしょう。でもそれだけが、心に残る理由ではないと思います。
冒頭でも触れましたが、中原中也の詩のなかには、ひとたび目にすると忘れられなくなるような詩があります。
何らかの余韻や引っかき傷を残すような、中毒性があります。
コメント
参考になりました。ありがとうございます。