三好達治の四行詩「チューリップ」「信号」

三好達治の詩を、国語の教科書で見たことがある人は多いのではないでしょうか。

私もその一人です。ただ正直に告白すると、学生の頃はそこまで感動することがありませんでした。

ところが最近になって読み返したところ、とても新鮮に感じました。

三好達治はさまざまなスタイルの詩を生み出しながら、現代抒情詩の可能性を追求し続けた詩人です。

その追求心こそが、詩に新しい息吹を与えたのかもしれませんね。

さて、三好達治は初期の頃に、多くの素晴らしい四行詩を残しています。

今回は「チューリップ」「信号」という、ふたつの詩を紹介します。

チューリップ

チューリップ

蜂の羽音が
チューリップの花に消える
微風の中にひつそりと
客を迎へた赤い部屋

(引用元:詩集『間花集』)

たった四行しか書かれていないのに、写真のように色鮮やかに想像できる詩だと思いませんか?

この詩の特徴は、五感に訴えかけていること。

「羽音」という言葉は聴覚に、「赤い部屋」という言葉は視覚に訴えています。ここには描かれていない、微風の香りや柔らかさ、蜜の甘さまで感じられそうです。

信号

信号

小舍の水車 藪かげに一株の椿
新らしい轍に蝶が下りる それは向きをかへながら
静かな翼の抑揚に 私の歩みを押しとどめる
「踏切りよ ここは……」 私は立ちどまる

(引用元:詩集『南窗集』)

この詩は「信号」というタイトルが鍵です。

詩には色の描写が全くないにも関わらず、このタイトルによって、椿の赤や、蝶の黄色が、不思議と瞼に浮かんでくるからです。

特に蝶の描写が素晴らしいですね。翼の抑揚が、黄色信号の明滅を連想させます。

ちなみに、赤・黄・緑の3色の信号機が誕生したのは、1920年代のアメリカです。日本では1930年(昭和5年)から導入されました。

「信号」が収録されている『南窗集』は、1932年(昭和7年)に刊行されました。

もしかしたら三好達治も、3色の信号機の存在を知った上で、「信号」の詩を書いたのかもしれませんね。

日本的な抒情詩に、「信号」「轍」「踏切り」という近代的な要素を取り入れていることには、感嘆を覚えます。

深読みすると、近代化が土足を踏み入れてはいけないような、日本古来の風景を聖域として描きたくて、この詩を書いたような気がしてなりません。

まとめ

私は三好達治のふたつの詩を読んで、思い出した言葉があります。

「秘するは花なり」

世阿弥が能の理論書『風姿花伝』において、書き留めた言葉です。

大事なことをあえて隠すことによって、それは魅力となるという意味です。

「チューリップ」も「信号」も、わずか四行しか言葉に表さないことによって、読者の想像力をふくらませていますね。

まさに秘する花のような詩だと思います。

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