【10月の詩】堀口大学「十月の言葉」

当ブログでは毎月1編ずつ、その月にちなんだ詩を紹介する予定です。

10月の今回は、堀口大学の散文詩「十月の言葉」です。

 十月は、やさしくて、甘い。山の湖のやうに空が碧く澄んで、薔薇の花に思ひ出の匂ひがある。月は一段高い道を渡り、星はしきりにばたいて、人の心に呼びかける。太陽は遠くから照らして、天国の気温でものを暖める。
十月はやさしくて、ゆたかだ。昨日の夏は何処へ行つたか?華奢の夏?奔放の夏?心はもとの港へ帰つて、過ぎた航海の思ひ出を愉しむ。
十月はやさしくて、しとやかだ。色づいた木の葉、草の葉、咲き残る季節の花々。どれもみな姿あかるく、どれもみな心さびしい。風が吹く、あしたつめたく。風が吹く。ゆふべわびしく……。

堀口大学といえば、翻訳詩ばかり注目されている気がしますが、自作の詩も素敵です。もっともっと、脚光を浴びてもいいのに……密かに思います。

「夕ぐれの時はよい時」という詩を私は愛唱していて、この詩を思い出すたびに、華やかで深みがある葡萄酒の香気が、胸いっぱいに満たされているような気持ちになります。

堀口大学「夕ぐれの時はよい時」
堀口大学の作品のなかに、「夕ぐれの時はよい時」という詩があります。 「よい」という言葉は、一見ありふれた言葉ですよね。と...

「十月の言葉」は、「夕ぐれの時はよい時」に通じるような芳醇さがありますね。

  • 味覚「やさしくて、甘い。」
  • 嗅覚「薔薇の花に思ひ出の匂ひ」
  • 温度感覚「暖める」「つめたく」

等々…。

視覚や聴覚に限らず、五感の全てに訴えかける詩は珍しいです。

こんな風にさらっと、感じたままを肯定的に歌われると、何だかこちらまで嬉しくなってきます。

堀口大学は、自らの肉体の声を素直につづることができた、稀有な詩人だと思わずにいられません。(頭でっかちな詩人よりも、信頼できますね)

そして、過ぎた日を懐かしむさみしさが、この詩にひっそりとした影を落としています。

明るく軽やかなだけでなく、奥深さがある詩です。

10月におすすめの詩

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誕生日・忌日一覧(10月)

※青文字の氏名をクリック(タップ)すると、その詩人の作品一覧を見ることができます。

誕生日

上田敏 1874年(明治7年)10月30日-1916年(大正5年)7月9日

忌日

八木重吉 1898年(明治31年)2月9日-1927年(昭和2年)10月26日

中原中也 1907年(明治40年)4月29日-1937年(昭和12年)10月22日

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